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『壇蜜日記』に触発されて日記を綴ることにした。twitterやfacebookとは別に、毎日日記を書くことの大変さは理解しているが、敢えてチャレンジしてみる。ブログを書きながら実感しているが、僕にとって書くことは心身共に大きな疲弊を伴う。それだけ集中し、言葉を選んでいるからだと思う。日記を続けることで、この疲弊は解消されるのか試してみたい。

【日記】2015年1月29日(木)「殺意」

日記でも紹介していますが、NECが策定した「社会価値創造テーマ」。その一つが「枠を超えた多様な働き方 “Work Style”」。世代・性別・国家・組織の枠を越えた新たなワークスタイルを実現すると述べました。「働く」を探求すべく参加したメンタルヘルスケアセミナー。

メンタルヘルスに関する現状説明の後、精神疾患を患って就労支援を受けている方を交えたトークセッション。

1日16時間にも及ぶ長時間労働、睡眠時間が1~2時間という生活が続き、パニック障害を患ってしまった方(Mさん)に対して会場からの質問。

「私が精神疾患を患った際、殺意を抱いたことがありました。あなたは、長時間労働を強いた会社や上司に対して殺したいという気持ちを抱いたことはありませんでしたか?」と内容は重たいものの、優しく投げかけるように質問。

そして、Mさんも優しい表情で回答。
「はい、殺意を抱きました。ただし、長時間労働を強いた会社や上司には殺意を抱きませんでした。それが会社という仕組みだと認識していたからです。殺意を抱いた相手は父親でした。父親に相談しても、他の人と同様の仕事ができないのか?と言われたり、そもそも、話を聞いてもらえなかったり。一番身近な人で、一番大切にしてくれていると信じていた父親の無関心さや理解の届かなさに殺意を抱きました。」

会場の方も頷きながら、優しくお礼の言葉。
「そうですよね。私もそうでした。本当のことを話してくれて、ありがとうございました。」

言葉を失ったやりとりでした。訴えるのではなく、傾聴するのが大切なのだと学びました。僕は娘の声を十分に聴いているのだろうか?