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『壇蜜日記』に触発されて日記を綴ることにした。twitterやfacebookとは別に、毎日日記を書くことの大変さは理解しているが、敢えてチャレンジしてみる。ブログを書きながら実感しているが、僕にとって書くことは心身共に大きな疲弊を伴う。それだけ集中し、言葉を選んでいるからだと思う。日記を続けることで、この疲弊は解消されるのか試してみたい。

【日記】2015年2月28日(土)「僕には何ができるんだろう」

1週間前に起きた悲しい事件。やるせない気持ちのまま過ごした1週間。僕には何ができるんだろうと考え続けるも、娘から学んだことが浮かぶばかりで答えは見つからず...。

 

娘から学んだことの一つ。

 

今でこそ定時退社がモットーの僕ですが、携帯電話の商品企画担当時は、連日の深夜残業、休日も仕事という時期が長く続いていました。その後、マーケティング担当となって「共生・共創」という生活トレンドを探求すべく、ソーシャル活動に没頭する日々に。会社は定時退社するものの、連日、企業間フューチャーセンターなどのソーシャルイベントに参加。なので、会社で残業していた当時と変わらない帰宅時間の日々。

 

当時、幼稚園生だった娘から言われた言葉。

「前も今もパパが帰ってくるのは遅くて中々会えないけど、前は疲れた顔のパパばっかりでつまらなかった。今は楽しそうな顔のパパだから私も楽しい。パパがどんな人と会って、どんなことが会ったかを楽しく話してくれるのがうれしい。」

 

娘の懐の深さ、そして、優しさに包まれた瞬間でした。娘は、僕の変化を僕以上に感じているんだとわかりました。そして、娘と接する時間の多さではなく、時間の質が大切だと感じた瞬間でもありました。

 

その後も、新しい働き方や生き方を探求すべく、定時退社+ソーシャル活動の日々を過ごしていましたが、とある日、小学生になった娘から言われた言葉。

「パパと、もっと遊びたいし、もっと話したいよ。イベントと私、どっちが大切なの?」

 

娘と接する時間の質だけでなく、時間の多さも大切だと感じた瞬間。

どうすればいいのか、無限ループ状態で模索する日々...。

 

娘と一緒に「働き方」と「生き方」を考える日々です。自分の家族の中でさえ答えが見つかっていない僕。僕には何ができるんだろう...。

 

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【備考】仕事漬けの毎日の中、急に訪れた「死」を意識した時期

鉄拳パラパラマンガ「名もない毎日」と、大切な家族 - BLOG