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『壇蜜日記』に触発されて日記を綴ることにした。twitterやfacebookとは別に、毎日日記を書くことの大変さは理解しているが、敢えてチャレンジしてみる。ブログを書きながら実感しているが、僕にとって書くことは心身共に大きな疲弊を伴う。それだけ集中し、言葉を選んでいるからだと思う。日記を続けることで、この疲弊は解消されるのか試してみたい。

【日記】2015年11月19日(木)「一人の声、千人の声、一人の声×1000人=千人の声。」

大切な人に会い続けた今日。

2011年9月からスタートした「ムサコ大学」。毎月、社内の人を先生役としてお迎えして思い&想いを語っていただき、その後にワールドカフェを実施。全25回の内容を全て今でも思い出すことができます。その理由を、毎回のように参加してくださったYahagiさんが「岡本さんは、先生役の方のメッセージも、生徒役の方々の対話も含めて覚えているのは内容でなく、その方々の気持ちを感じているから、その方々の思いを代弁して語ることができるんからなんです」と仰ってくださった時には、自分でも気づいていないことだったので、とてもうれしかったし、僕をそのように理解してくださっていたYahagiさんに感謝しまくりでした。

 

ムサコ大学より、さらに遡る話。

『宝島』2007年1月号の特集「最新ヒット確実商品、成功の法則」。

 

『千人と話して得た開発の鍵は「液晶とシルエットの美しさ」』というタイトルで記事にしていただきました。N903iの開発エピソード。

当時、すでにコモディティ化したケータイ。スペックだけでは記事にならない当時。ユーザの一人ではなく、ユーザの代表として商品企画したストーリーが記事になり、とても印象深かったです。ユーザの一人ではなく、ユーザの代表と書きましたが、千人のユーザの最大公約数を述べたのではなく、千人の一人ひとりとの会話を今でも、ほぼ思い出すことができます。確かに全員の内容を覚えているかと言われれば、間違えている部分は多々あるかもしれませんが、当時、平均や最大公約数ではなく、一人ひとりの気持ちを代弁できたことが出版社の方の琴線に触れたと思っています。

 

僕自身もそうだし、誰もが今日と明日で言動が違うことは多々あります。それは卑下されるものではなく、人間らしてく賞賛されるべきもの。

だからこそ、僕は一つ一つの点ではなく、点と点がつながった線や面で、人のストーリーを感じたいし、そこに共感し続けたいと思った今日でした。これこそが、僕が僕であり続ける源泉だとも感じた今日でした。

 

 

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