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『壇蜜日記』に触発されて日記を綴ることにした。twitterやfacebookとは別に、毎日日記を書くことの大変さは理解しているが、敢えてチャレンジしてみる。ブログを書きながら実感しているが、僕にとって書くことは心身共に大きな疲弊を伴う。それだけ集中し、言葉を選んでいるからだと思う。日記を続けることで、この疲弊は解消されるのか試してみたい。

僕が小学2年生だった時の思い出(入院生活)


3月になりました。
娘(望来)が小学2年生になったのが、つい先日のように感じますが、今月で小学2年生の生活も終わります。

僕にとって、“僕自身”の小学2年生の思い出は、一生忘れることができないものです。急性糸球体腎炎になり、3か月の入院生活を送ったのですが、この入院生活を忘れることはありません。





急性糸球体腎炎 ※wikipediaより
急性糸球体腎炎(英語: Acute glomerulonephritis; AGN)は、その90%が連鎖球菌感染に続発していることから、溶連菌感染後急性糸球体腎炎(英: Poststreptococcal Acute GlomeruloNephritis; PSAGN) とも呼ばれており、抗原抗体反応(アレルギーIII型)によって発症するび慢性の炎症である。溶血性連鎖球菌感染後に起こる腎炎が最も多い。小児や青年期に罹患する事が多く、先行する感染としては扁桃炎・咽頭炎等が大部分を占める。

当時、僕は扁桃腺の炎症で、度々、風邪をひくことがあったのですが、wikipediaにも記載されているように扁桃腺の炎症が原因だったんですね。

急性糸球体腎炎は血尿が出るのですが、当時はトイレが水洗式ではなかったため、自宅で気づくことはありませんでした。恥ずかしい話ですが、小学校の帰りにオシッコ(立ち小便)をして、気づきました。ただし、自分が病気になったとは思わず、帰宅後、母に「手品ができるようになった!」とコーフンしながら、外で血尿を見せたのを覚えています。

・・・その後、母に病院に連れて行かれたのは、みなさんの想像のとおりです(笑)。

近所のかかりつけの病院で診療したものの、十分な処置ができないため、大きな病院(神奈川県立汐見台病院)に。すぐに入院が必要とのことでしたが、空きベッドがなく、しばらくは自宅療養に。

初診から1週間後に入院することになったのですが、とにかく安静が必要とのことで、一日中、ベッドで横になっていました。小児科の集合病室に、僕を含めて6〜8名が入院していました。男の子も女の子もいて、みんなが内臓の病気のため、一見健康そうなんだけど、入院しているという不思議な空間でした。

僕は、一日中、安静にしていること、食事の制限として塩分はほとんど禁止、間食も禁止で、一日に一回だけ150mlの100%ジュースを飲むことしかできませんでした。遊び盛りの小学2年生には、動けない、そして、お菓子やジュースがダメというのは本当に辛くて、一日一回の150mlのジュースだけが毎日の楽しみでした。

動けない、お菓子やジュースがダメ以上に辛かったのは、面会時間しか家族に会えないこと。面会時間は15:00-18:00。毎日、母が15:00ピッタリに面会に来て、そして、18:00に帰るという感じで、面会時間の全てを付き添ってくれました。

入院していた汐見台病院は、山の上にあり、毎日、母は急な坂道を歩いて面会に来てくれていました。母は貧血症だったので、坂道を歩いてくるのはキツかったはずで、当時も感謝していましたし、今でも感謝しています。

父も忙しい中、面会に来てくれました。当時は週休二日制ではなく、日曜日だけが休日だった時代。父も残業続きで、毎日24時頃に帰宅しており、普段も朝食の時しか会えない存在でした。そんな忙しい父も、土曜日だけは早く会社を終え、スーツ姿で面会に来てくれた姿を、今でも鮮明に覚えています。

小学2年生と言えば、掛け算(九九)を習う学年。入院生活は3か月に及んだため、僕は先生でなく、看護婦さんから掛け算(九九)を学びました。模造紙に九九の表を書いて、ベッドの上に貼ってくれたおかげで、24時間、九九漬けでした(笑)。

勉強は看護婦さんから学び、そして、遊びは、家族や親戚からゲームをプレゼントしていただき、同じ病室の友だちと一緒に遊んでいました。このプレゼントは、本当に贅沢すぎるもので、みんなが心配してくれていることに、子どもながら感謝の気持ちでいっぱいでした。
プレゼントしてもらったのは、ルービックキューブゲームウォッチボードゲーム、マンガ、・・・。ルービックキューブは数分でクリアできるほどに上達。当時、国鉄「いい旅チャレンジ20,000km」をキャンペーンしており、これをボードゲーム化した「エポック社日本旅行ゲーム~いい旅チャレンジ20,000km」があったのですが、違う方々から合計3つもプレゼントしてもらいました。マンガも『まことちゃん』(作:楳図かずお)を全巻プレゼントしてもらったり。僕がシュールな笑いにハマったのは、きっと、この時からなんでしょうね。

3か月もの間、一日も欠かさず、急な坂道を歩いて面会に来てくれた母。仕事が忙しい中、少しでも時間を作ってくれて面会に来てくれた父。勉強で遅れをとらないように掛け算を教えてくれた看護婦さん。心配してくれてお見舞いに来てくださった親戚の方々。父母が僕に付きっきりの中、我慢してくれた兄。みんなに感謝です。

こんな感じで、娘が小学2年生ということで、僕が小学2年生の時の思い出を綴っていたのですが、書きながら、ひとつのこと気づきました。
今、娘が小学2年生(8歳)、僕は41歳。
僕が小学2年生(8歳)だったころ、父母も41歳だったということ。

感慨深いです。書きながら、少し目に涙が浮かんできました。
父母や兄、今の家族にも、そして、僕を支えてくださっているみなさんに「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。