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『壇蜜日記』に触発されて日記を綴ることにした。twitterやfacebookとは別に、毎日日記を書くことの大変さは理解しているが、敢えてチャレンジしてみる。ブログを書きながら実感しているが、僕にとって書くことは心身共に大きな疲弊を伴う。それだけ集中し、言葉を選んでいるからだと思う。日記を続けることで、この疲弊は解消されるのか試してみたい。

望来の9回目の誕生日


今日は望来の誕生日。9歳の誕生日。
2005年6月30日に誕生し、あっという間に9年が経ちました。




望来が誕生した2005年6月30日は、奇跡的な日でした。

僕が商品企画を担当していたN901iSが望来の誕生1週間前の6月24日に発売。発売後の反響調査と併行して、佐藤可士和さんとのコラボケータイN702iDの商品企画&開発の真っ只中。連日、佐藤可士和さんやドコモさんとのミーティングがあり、ミーティング後は会社に戻り、深夜まで残業の日々。出産の数日前に妻の陣痛が始まり入院してからは、川崎(武蔵小杉)から妻が入院している小田原の病院まで始発電車でお見舞いに行き、妻と会話してから10時頃に出社。





そして、出産当日。6月30日も同様に始発電車でお見舞いに。昨晩から陣痛が続くものの自然分娩が難しく、帝王切開することに。帝王切開するためには、手術の同意書を書く必要があり、病院に到着早々、同意書に署名。仮に、僕が病院に行くことができなければ、同意書に署名ができず、帝王切開による出産もできなかった様子。

分娩室(手術室)に入って出産。分娩室の前で、望来の産声を聞いた後、妻が手術用の寝台に乗って出てきました。分娩室はすっごく寒いようで、妻の身体は冷えきっていました。自然分娩ではありませんでしたが、女性が子どもを出産する時の大変さを実感すると同時に、感謝の気持ちでいっぱいになったことを鮮明に覚えています。

当時は佐藤可士和さんやドコモさんとのミーティングのため、会社を休むことができない日々でしたが、6月30日だけは社内のミーティングだけだったため、午前中に調整をし、会社を休むことができ、出産にも立ち会え、出産後の妻や望来と一緒の時間を過ごすことができたのは奇跡的でしたし、神様の存在を感じた日でもありました。




そんな望来も早くも9歳。
誕生日の今夜、一緒に過ごしていたら、望来からはこれからも早く帰ってきてとのリクエスト。この数年、サードプレイスの活動で、中々、望来と一緒に夕食を囲んだりできない日々が続いていましたが、これからは望来との時間を大切にし、望来の声に応えようと思った誕生日の夜でした。